続・虹の向こう側

書いて、走って、旅をする。日日是魔法日和

60億の魂を救う男

「呼んだでしょ?」とその人は言った。

 

白龍の住まう虹のカーテンの滝から戻る線路の向こうに人影一人。ゆっくりゆっくりとこちらに向かってくる。ぼんやりとしたその人影にふとピントが合った瞬間に、あっTさんだ!とわかった。

 

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その朝、シャスタのB&Bの玄関先で、初対面のTさんと一瞬すれ違いざまにご挨拶を交わした。浅黒で坊主頭の痩身なその人は一見とても怪しげな、それでいてどこか人間的魅力を漂わせる不思議な佇まいの人だった。スピリチュアルなアンテナが「只者ならぬ」の気配を感じさせた。その時は何気ない挨拶だけで、「それじゃあ、また」とお別れした。

 

その午後にいつもの線路を歩いて、お客様と共に虹の滝に佇んでいる時。ふと朝出会ったTさんのことを思い出した。「嗚呼、Tさんだったらこの滝に住んでいる龍のことを知っているかもしれない」。

 

滝からの帰り道、線路の向こうから歩いてくるTさんに笑いながら近づいて立ち止まる。Tさんが一言、「呼んだでしょ?」と言った。さっき滝でTさんのことを思っていた私は不意を突かれて、「えっ、わかりました?」と、何気に交わした。言葉以上にお互いのアンテナに届く何かがあった。

 

「あの滝に住む龍のことを教えてください」と私は言った。それじゃあ、後で夕飯でも一緒にしようか、ということになり、その夜、お客様のH美ちゃんと3人でシャスタダウンタウンのレストランで落ち合うことにした。そしてまた、Tさんは一人でゆっくりと滝に向かって歩き続けた。

 

Tさんがなぜシャスタにやって来たか、それはある著名な活動家に物申す、直談判するためだと言う。その活動家は宇宙の真理を我が発見のように振る舞い私欲を肥やしている、それを知ってもらい、道を正してもらいたい、と。その筋では誰もが知る著名な活動家、私も少しだけTさんの思いに同調する気持ちを持っていた。「そうなんですね、うまく行くといいけれど」と、私は気弱く言った。Tさんの熱血に溢れた熱い熱い正義感にひれ伏す思いだった。

 

Tさんは続けて、「俺は、60億の魂を救うために世界中で活動しているんだ」と言う。「えっ、60億ですか?!」「そうだよ、世界人類を救うんだ。俺の魂は過去生を何度も何度もそうやって生きて来たんだ」。漆黒のような目の中に輝く光がTさんの表情を一層精悍に見せた。一体どうやって人類を救うのか、具体的に突っ込むことはしなかった。Tさんが狂気か真理か、私は自分で判断するだけの叡智など持っているわけではなく、ただ、目の前にいるTさんが頭のおかしいただのおじさんには見えなかった。Tさんの求める世界と私の夢見る世界が同じ延長線上にある気がした。共鳴がそこに起こっていた。

 

Tさんの60億の魂を救う、と言う言葉を聞いて、私はおどけながらこう返した。「Tさん、それじゃあ、Tさんの思いが届いた私は私一人で頑張れる、だから60億ー1の魂を助けるために頑張ってください。重荷を少しでも減らすためにね」と。ふっと顔をほころばせて「おお、そうか」とTさんは言った。

 

「あんたに一つ大切なことを伝えよう、これが自分が見つけた宇宙の真理だ。これを大切に取っておいてくれ」とTさんは一枚の紙切れを私に手渡した。

 

その紙切れには、

 

「自然は神なり」と書かれてあった。

 

Tさんが見つけた宇宙の真理。人類が皆それに気がつけば60億の魂は救われる。嗚呼、そうか、虹の滝に住まう龍の話を聞きたかったのだ。あの滝の水も岩も空気も全てに神の息吹きが掛かっているのだ。

 

その後何年かして、Tさんは急なご病気でこの世を去ったと聞いた。今生でもやり終えることの出来なかった無念の思いを抱いて光の世界へ旅立ったのだろうか。いや、きっと、不屈の精神で、「今度こそ、果たすぞ、この使命を」とあちらの世界から機を狙っているかもしれない。

 

Tさん、あのキラキラの夏、線路の向こうから一人てくてくと歩いて来た時のように、また魔法のようにひっそりとこの地球に生まれ降り、物申してください。