続・虹の向こう側

書いて、走って、旅をする。日日是魔法日和

カッパさん

シャスタで出会った不思議な人たちは数知れないが、この方は一線を画して忘れ難き訪問者だった。

 

お名前は覚えていないがゆえに、カッパさん、と呼ばせてください。

 

その人は異次元のドアからふらっとやって来た。夕暮れ時のオレンジ色に輝く午後、築100年は経つ歴史的木造建物のB&Bのパティオでまどろんでいる時、何処からともなくインに向かって歩いてくる男性がいた。インのある場所はシャスタダウンタウンから車で15キロ程東の森へ入った、普段はほとんど人も歩いていない古きアメリカの小さな町だ。タクシーもないし、定期バスも一日に一回程度、見るか見ないかという場所で、一体何処からどうやって来たのか、不思議だった。その人は今までシャスタで会った誰よりも、異質な佇まいだった。小太りで背が低く、年齢は60歳を超えているだろうか、身なりは鳥打ち帽を被り、驚くことにルイヴィトンの旅行スーツケースを引きずっている。まるで赤塚不二夫か水木しげるの漫画に出てくるキャラクターを思わせる異界ぶりだった。

 

カッパさんは世界中の密教を研究して旅をしている、と言った。仕事はマッサージ師で、日本の大物政治家からご指名でプライベートに訪れてはマッサージを施していると。嗚呼、ルイヴィトン、まじか?と話半分に聞けないような不思議な説得感が漂っている。

 

翌朝、カッパさんは「今日はてっぺんまで登って来ます」と言ってインを出発した。シャスタのてっぺん、標高4300メートルの富士山より高い山だ。周りにいた全員が「えっ!?」とどよめいた。山頂まで登るには完全な登山準備が必要な山なのだ。カッパさんの足元は足袋だった。

 

やっぱり、あのおじさん、おかしいよね?とひとしきり笑い、朝の時間が流れた。

 

そしてまた黄昏の時間、カッパさんはインに戻って来た。あの時のカッパさんを私は生涯忘れないだろう。まるで死者が棺桶から出て来たようなゾンビのような顔をしていたのだ。顔は蒼白だった。心底驚いて、「だっ、大丈夫ですか?!」と後ずさりながら声を掛けた。「ああ、頂上まで登って来たんですよ」と、まるで高尾山に日帰りで行って来たかのごとく、軽く言った。顔が白いのはサンスクリーンを顔中に塗ったからだと言う。さらに、虹の滝にも行って、帰りは線路沿いに流れる川を泳いで来たと言う。えっ、あの川は岩がゴロゴロしている浅瀬で水の流れも速い、泳ぐのは無理だろう、と思ったものの、カッパさんの断言する迫力をさえぎる者は誰もいなかった。

 

線路と平行に流れる川を横泳ぎで泳ぐカッパさんの映像が頭に焼き付いてしまった。

 

嗚呼、このお話にオチはないのです。カッパさんがシャスタで発見したであろう密教の秘技を今は何処かで書にまとめておられるやも知れず。

 

ふとカッパさんが日本の大物政治家にマッサージを施しながら、「どうやらシャスタ山というのは日本の富士山へと龍のエネルギーを送りこみ、手を取り合って地球を守っているようなんですよ」、なんて語ってくれてはいないだろうか、等と妄想を膨らませている。

 

異次元の扉を覗き込むには、シャスタの黄昏時をオススメします。

 

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