続・虹の向こう側

書いて、走って、旅をする。日日是魔法日和

父に捧ぐ。過去を書き換えた魔法の時間

母とのことを書いたら、俺のことも書け、と父が言ってるような気になって。(笑)

 

父が亡くなったのは母が亡くなって5年後。時期も母の命日の二日前だった。母の命日を選ぼうとして目測誤ったのかなぁ、お父さん。それとも天国の母が、同じ日はイヤっと言ってずらしたのかもしれない。

 

シャスタから帰ったその日に日本から姉のメールが届く。「お父さんの余命三日だとお医者さんに言われたので、すぐ帰って来て」。なにっ?!余命三日?!寝耳に水の話だった。母が亡くなってから一人暮らしをしているものの、元気に暮らしていると思っていた。私は慌てて日本行きの航空券を買って翌日空港に行った。するとなんと機材の不備でその日のフライトがキャンセルになり、翌日の便に変更させられた。余命三日よ?!間に合わなかったらどうしてくれるのよ?!と文句を言っても一日一便しかない飛行機の変更は出来ない。その日航空会社が準備してくれた空港近くのホテルに泊まって翌日の便で日本に着いた。

 

父は病院のベッドで、思いも掛けず起きて私を待っていてくれた。余命三日には見えないくらい穏やかに私に向かって「おお」と笑顔を見せた。姉に話を聞くと、急に具合が悪くなり、自分で救急車を呼んで入院したとのこと。ドクターからは肝臓癌で腸にも移転していてもう数日の命だという。父には病気を告げず、検査入院のつもりでいるらしい。

 

小さい頃から父が苦手だった。大人になってからはもっと嫌いになった。気が短くて理性に欠けて経済力が無くて母を大事にしない父親として尊敬出来ない人間だと思っていた。田舎の大家族の末っ子に生まれた父は早くから一人で東京に出て、なんとか自立する為に建具職を身につけて生涯の生きる糧にした。組織に属するのが苦手だったのか、ずっとフリーの建具職人だったので、仕事のある時とない時で不安定な生活だった。

 

昔気質の職人で亭主関白な父を見て育ったので、私は結婚して家族を作る、という夢を抱かなかった。物心着いた頃にはもう自分は子供は産まない、と心に硬い意思を持っていた。

 

そんな父への思いがある日180度変わる。それは父の死にゆく姿を見守る中で人の死の尊厳を父に見せてもらったからだった。母の時がそうだったように、父の死を見送るのも私の役目になった。余命宣告から10日も延命して病院のベッドで眠る父に私は耳元で母の時のように囁いた。「お父さん、人間も自然の一部だね。春夏秋冬と巡ってくる。お父さんの体は冬を迎えてこの世を去るけれど、また春が来るね。ありがとう、お父さん」、スキンシップ等これまで一度もなかったけれど、私はその時初めて父の骨ばった細い手を握った。

 

そして間も無く父は静かに息を引き取った。その死顔はまるで彫刻のように美しく整い、もう手の届かない何処か遠くの桃源郷の住人になったようだった。

 

家族の中で一人いつも「この家族は大丈夫だろうか」と見つめている自分がいた。日々を生きることで精一杯な家族を見ながら、私は状況に流されない自分の世界を必死で作って行こうとしていた。

 

きっと両親に引導を渡す役割を私は選んで来たんだろう。その死の尊厳に触れて生きる意味を学ぶ為、自分がこの家族を選んで生まれたことを思い出す為。

 

父の死後、独り住まいのアパートを片付けに行った時のこと。部屋は小綺麗に片付けられ、タンスの引き出しに千円札数枚が封筒に入っていた。封筒に「新聞代」と書かれてあった。救急車で入院する前、父はケーブルテレビと新聞配達に電話をして、「ちょっと検査入院するので、その間止めて置いて」と手配したそうだ。小綺麗で簡素な部屋と引き出しの封筒、なんだか身の回りを整理して、自分で救急車を呼んで、さっと死んで、まるで侍のようだ、と父の死に様をかっこいいと思えた。お墓に納骨されるまでの間、父の遺骨と共に過ごしたアパートでの日々は、父への過去の全ての思いを光に変える魔法の時間だった。

 

あの時から私の過去が書き換わった。父は自分の能力の限り正直に生きてその身の丈の中で最良の身仕舞をして逝った愛すべき人となった。

 

ある時、友人のツテで、オーラを読むという人からのメッセージをもらった。友人もそのオーラを読む人も私の家族のことは全く知らない。私の掌の写真を見ただけで送られて来たそのメッセージにびっくり仰天した。「細身で白髪混じりの頭の高齢の男性が出て来て言っていました。”おお、元気か?俺はこっちの世界で元気にやってるよ」うっ、まさに父親の容姿と話し方にドンピシャリだった。「俺は元気でやってるよ」ああ、お父さん、あなたはやっぱり死んでもそのまんまお父さん。へぇあの世って本当にあるんだ、妙にリアルな実感が沸き起こった。

 

お父さん、私もあなたに似て痩せ型でお父さんみたいに骨ばった手を持っているよ。お父さんみたいにいつまで経っても髪の毛黒いよ。組織に入るのが嫌いでいつも一匹オオカミだったよ。気が付いたらお父さんの血が私の中に息づいているよ。

 

今もそっちの世界で元気にやっていますか?それとも、そろそろ次の春夏秋冬の魂の旅に出ようとしているのでしょうか?

 

ありがとう、またいつかの世界で会いましょう。